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友人関係の諸事

友人関係を絶っていた。

 

以前は友人とともに『組んで』
共有している目標を追いかけていた。

まるで、バンド活動みたいに。

 

夢を追いかけるといっても
仕事は多忙を極め
ある友人には、彼女ができたり
ある友人には、子供ができたりすると

互いの夢を語らう『愛すべき飲み会』では
話す内容が凡庸に、それはより凡庸になっていった。

 

彼女と最近うまくいってるか?
奥さん、体調大丈夫か?
仕事、調子はどうだ?
体調には気をつけないとな。

 

夢より現実を語らうようになって
しばらくして、夢の共同体は崩壊した。

 

はた、と気づいた。

 

誰かが俺に言った言葉に
『結局、男は一人で仕事をするものだ』
というのがある。
男は~とか、女は~とかいう論調は
基本的にはアンチなのだが、
その言葉こそ真理だと気づいた。
……いや、俺の真理にしようと思ったのだ。

 

 

それから、友人との関係を意識的に絶った。
会うとまた、一緒にやろうという気持ちになってしまう。
会うとまた、こいつと一緒にいると楽しいな、と思ってしまう。

それは、夢の実現に(夢、夢とえらそうに言ってるけれど、その実、大したことじゃないんだが)資するものではないと知っている。
むしろ、夢の実現を失速させるものなのだ。

 

淡々とやる。
淡々と考える。
淡々と日々疲れた体に鞭を打つ。

 

何の物音もしない静かな部屋で
黙々と日々のやるべき仕事をこなす。
その継続の果てに、モノは出来上がっていった。

 

そして、久しぶりに友人から連絡があり
久しぶりに飲んだ。

夢を語らっていたあの時代は
所謂『過去の話』となっていた。(事実そうなのだが)
酒の肴になる程度のものとなった。

その友人を
『過去、共同で夢を追いかけていた奴』として
互いに再共有したのだ。

 

それが、俺と彼等との物語の終焉だった。
また会おうぜ、という確信のない文句が実行されるのも
おそらく一年後、ないしもっと先となることは
お互いに理解していたが、そこをあえて口に出すところまでは、友人と共有することはなくなったのだ。

 

十年来の友人たちとの一つの物語は
ある意味において終わった。

 

深夜の帰り道、ひとりコンクリート
一歩一歩踏みしめながら
白い息を吐いて
ボンヤリと過去のことを思い出した。

冷たい空気を肺に詰め込んで
そうか、終わったのだなと思うと
友人との過去の確執がすべて消し飛んでしまった。


夢中になってみていた映画を
見終わった後のような気分になり
なんともスッキリとした気持ちになったのだ。

 

これは新しい感覚だ、

こういう感覚を覚えながら
年を重ねるのだな、と思った。

 

ついでに自分の年齢を思い返してみようとしたが
すぐに出てこなかった。

 

 

 

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